健康NEWS 2022年 12月 B面 西平先生の医療雑感 

「煙草を止めようと思う。」

この試みはインドネシアに来てから数回試みられている。Medika Loka内は全て禁煙なので、忙しい時は簡単である。しかし、患者が途切れ、一寸した時間ができると、玄関の前の階段の前にいって、ちょっと一服ということになる。そんな こんなで、昨年は12月に一大決心をして、娘達と約束をした。〝お父さんは煙草をやめる。お前達は……真理子は長電話を止め、長くとも10分以内にしておくこと。瑠美子は少なくとも30分は机の前に座る事……。〟この約束を最初にホゴにしたのは悲しいかな、お父さんでした。高校時代を思い出た訳ではないが、便所の中で煙草を吸ったり、いろいろ隠れて吸ったのがばれてしまいました。全く困ったもんだ……。
それぐらい、意思の弱い人間にとって煙草を止める事は難しく、〝精神の安定の為に良い〟とか、あるレポートでは〝アルツハイマーになりにくい〟とか、様々な自分に都合の良いレポートを集めては正当化したりする。でも、心臓や呼吸器、その他癌等、全体を見回すと、確かに煙草が良いという結論はどうやっても出てこない。内科学書の中にも、煙草の害がとうとうと述べられている。他の頁には赤線が引かれているが、この頁だけは、新品のままである。昔からこの頁だけは読みたくなかったのだろう。
いったい、煙草はいつから我々の手に入ったのか……?


まさしく、インディアンの我々に対する逆襲の如きである。 1500年代に、かのコロンブスが米国大陸に渡り全土を席捲した時、現地人が乾燥させた葉をキセルにつめ、火をつけ、煙を出している。これを試み、それらに魅せられ、ヨーロッパに持ち帰ったのが世界的な始まりで、日本には東南アジアを経て1600年頃に入っている。
その後の我々の煙草による害は虐げられたインディアンのまさしく逆襲なのであろう。まったく気の長い話である。禁煙茶、禁煙あめ、禁煙の為のニコチンパッチ、禁煙を試みる人を相手にした商売も盛んである。それ程禁煙は難しいらしい。 命がけで煙草を吸っているのだから、よいではないか……。とひらきなおっても、そういう訳にはいかない。外来でスネに傷を持つ人間は、どんな病気で来院しても「先生、煙草はどうですか?」と聞く。〝今の病気にどれだけ影響があるか〟という事だと思うが、禁煙に四苦八苦している自分へのあてつけかと思い、「煙草を奨める医者はいないでしょう」と応じる。「1日2、3本はどうですか?」と閉店前の魚屋で値段交渉をする様な事を始める。自分を見るようで……。全く困ったものだ……。
新聞にコラムの形で喫煙の良さを宣伝する記事がある。その一方で、嫌煙権を主張する記事が載る。禁煙と喫煙と丁々発止記事を出し合う中で、全体としては喫煙者に分が悪い。レストラン、飛行機の中、待合室、喫煙者はますます肩身の狭い思いが募ってくる。
……というわけで、再度禁煙を試みることにした。とある理由でだが……。最後の喫煙時代の診療雑感をこの時に書く事にした。

最後の……本当に最後のくわえ煙草をしながら。
本当に最後だと思う……。

本当に最後だろう……。

 

最後であってほしい……。

 

 

ふーっ!

 

 

 

 

 

 

 

「齢?老い?」

先日、あるパーティーの席で、「先生!なんでこんなに小さくなって・・!」と昔の研修医に声をかけられた。確かに当時、身長は165cmぐらいあったかもしれない。現在160cmを切ってしまった。でも大きさは身長だけなのだろうか?
30年以上前から、研修医担当で、救急病院で仕事をし、当時から研修医は僕より大きな人々だった。その彼が久しぶりの僕に会って、「先生、小さくなりましたねー」との言葉…何を意味しているのだろう?僕が研修医として南部徳洲会病院に入局した時の指導医は今でも大きく見える。身長や体幹、体格だけの問題ではないのではないかと考える。
ふり返って見て、当時の様な熱い思い、熱い仕事ができているのだろうか?患者を診て、患者の事を考える仕事は以前と変りない。何だろう?
昨年、宜野湾市からシルバーカードが届いた。今迄現役、現役と思っていた自分が、突然“あなたは老人ですヨ!”とつきつけられた思いで、ショックを感じた。
小さくなった話とシルバーカードの件が併って、年を感じた。他の人は僕の事をそう見ている。行政は年齢でそのようなカードを送ってくる。 そうなんだ。その年なんだと自覚する。
でも、再度気がついた。年を自覚する事と自分が高齢者として仕事、生活をする事とは別だ。  自分の思い、熱情に氷水をあびせる事なく、自分の思いを十分仕事に生かせる。もう少し頑張りたい。医師になろうと考えたあの時の自分に少しでも戻りたい。
物忘れは多くなったかもしれない。患者の名前は時々忘れる。でも、あの日のあの患者の病状は事細かな事、検査データのすみずみ迄覚えている。日常生活での記憶と仕事の現場での記憶とのギャップには自分でも自覚している。
その日常生活と診療生活の差が縮まったと思った時が、その時かな?

 

=西平医院 院長 西平守樹先生=

 

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